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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13812号 判決 1988年11月14日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 鈴木真知子

同 山本則子

同 下光軍二

右訴訟復代理人弁護士 藤川明典

被告 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 高木義明

同 鈴木隆

同 小林正憲

主文

一  東京法務局所属公証人荒木大任が昭和五四年一月一九日作成した昭和五四年第三五号遺言公正証書に基づいてなされた亡甲野太郎(本籍東京都世田谷区《番地省略》)の遺言は無効であることを確認する。

二  原告が、別紙物件目録記載の建物につき、所有権を有することを確認する。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項同旨

2  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2項につき、仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (慰謝料請求)

(一) 原告は、大正一五年七月六日、甲野太郎(以下「太郎」という。)と婚姻した。

(二) 太郎は、昭和五五年八月二七日、死亡した。

(三) 被告は、太郎に妻がいることを知りながら、昭和二一年ころから、太郎と肉体関係を持ち、昭和三五年ころから、太郎と同棲するようになり、それ以後太郎が死亡するまで、太郎との同棲生活を継続した。

(四) 原告は、原告が太郎に対して有する守操請求権を被告によって継続的に侵害されたことにより、多大な精神的苦痛を被ったが、その苦痛を慰謝するには金五〇〇万円をもってするのが相当である。

(五) よって、原告は被告に対して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料金五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五九年一月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  (遺言無効確認請求)

(一) 請求原因1(一)及び(二)の事実を引用する。

(二) 太郎の死亡時の本籍は、東京都世田谷区《番地省略》である。

(三) 太郎は、東京法務局所属公証人荒木大任が昭和五四年一月一九日作成した昭和五四年第三五号遺言公正証書によって左記の内容の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

遺言者は、その所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及びそのための借地権を含む全遺産を被告に遺贈する。

(四) 本件遺言は、次の(1)ないし(3)などの事情のもとにおいては、公序良俗(民法九〇条)に違反し、無効である。

(1) 太郎は、前記1(三)記載のとおり、被告と不貞関係を継続していたが、引き続き被告との不貞関係を継続し、かつ、被告に老後の世話をしてもらうために、本件遺言をしたものである。

(2) 原告は、本件遺言がなされる前から現在まで、本件建物に居住して生活しているところ、他に財産を有せず、また、高齢のため働くこともできないので、本件遺言により、被告が本件建物を所有することになると、今後生活していくことができなくなる。

(3) 本件遺言がなされた当時も、現在も、被告は、十分な生活力を有している。

(五) 被告は、本件遺言が無効であることを争っている。

(六) よって、原告は被告に対し、本件遺言が無効であることの確認を求める。

3  (所有権確認請求―(一)ないし(四)は選択的主張である。)

(一) (相続に基づく所有権の取得)

(1) 太郎は、昭和三五年三月二一日、本件建物をその所有者から買い受けた。

(2) 請求原因1(一)及び(二)の事実を引用する。

(3) 太郎の相続人は原告の外にはいない。

(二) (売買契約に基づく所有権の取得)

原告は、昭和三五年三月二一日、本件建物をその所有者から買い受けた。

(三) (時効に基づく所有権の取得その一)

(1) 原告は、昭和三五年三月二一日から一〇年間本件建物に居住して、これを占有してきた。

(2) 原告は、太郎から金二二〇万円の贈与を受けて本件建物を買い受けてその占有を始めたものであり、右占有を始めたとき、本件建物の所有権が自己に属すると信じたことにつき過失がなかった。

(3) したがって、原告は、昭和四五年三月二一日の経過により、本件建物の所有権を時効取得した。

(4) 原告は、本訴において、右時効を援用する。

(四) (時効に基づく所有権の取得その二)

(1) 原告は、昭和三五年三月二一日から二〇年間本件建物に居住して、これを占有してきた。

(2) したがって、原告は、昭和五五年三月二一日の経過により、本件建物の所有権を時効取得した。

(3) 原告は、本訴において、右時効を援用する。

(五) 被告は、原告が本件建物を所有していることを争っている。

(六) よって、原告は被告に対し、原告が本件建物を所有していることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)及び(二)の事実は認める。(三)のうち、被告が太郎と肉体関係を持ち始めた時期が昭和二一年ころであることは否認し(その時期は昭和二六年ころである。)、その余の事実は認める。(四)の事実は否認する。

2  同2(一)の事実に対する認否は同1(一)及び(二)の事実に対する認否と同一である。(二)及び(三)の事実は認める。(四)の柱書の事実は否認する。(四)(1)のうち、請求原因1(三)と同一の事実に対する認否は同1(三)に対する認否と同一であり、その余の事実は否認する。(四)(2)のうち、原告が、本件遺言がなされる前から現在まで本件建物に居住して生活していること、原告が高齢であることは認めるが、その余の事実は知らない。(四)(3)の事実は否認する。(五)の事実は認める。

本件遺言がなされた当時、原告と被告間の婚姻関係は後記抗弁1(二)(1)のとおりの事情により完全に破綻していた。そして、太郎は、長年献身的に協力したり、看病をしてくれた被告に対する感謝の念から、自発的に本件遺言をしたのであって、本件遺言は公序良俗に違反するものではない。

3  同3(一)(1)の事実は認める。(一)(2)の事実に対する認否は同1(一)及び(二)の事実に対する認否と同一である。(一)(3)の事実は知らない。(二)の事実は否認する。(三)(1)の事実は認める。(三)(2)の事実は否認する。(四)(1)の事実は認める。(五)の事実は認める。

三  抗弁

1  (慰謝料請求に対して)

(一) 昭和五四年八月二日以前の被告と太郎間の不貞行為に基づく慰謝料請求に対して

(1) 昭和五四年八月二日以前の被告と太郎間の不貞行為に基づく、原告の被告に対する慰謝料請求権は、仮に存在していたとしても、原告は、右同日までにその損害と加害者とを知っていたので、昭和五七年八月二日の経過により、時効により消滅した。

(2) 被告は、本訴において、右時効を援用する。

(二) 昭和五四年八月三日以後の被告と太郎間の不貞行為に基づく慰謝料請求に対して

(1) 原告と太郎間の婚姻関係は、昭和五四年八月二日までには既に完全に破綻していた。すなわち、原告と太郎は、昭和三八年一月二五日、「原告と太郎とは離婚する。原告と太郎は離婚に伴う財産関係について合意するまで別居する。」などを内容とする合意をし、その後、太郎は、昭和五二年七月、原告を相手方として、東京家庭裁判所に離婚等を求める調停の申立てをし、また、昭和五四年三月、原告を被告として、東京地方裁判所に離婚を求める訴訟を提起し、他方、原告は、昭和五二年九月ころ、東京地方裁判所に、太郎を債務者とし、太郎に対する離婚に伴う慰謝料請求権を被保全権利として、本件建物の仮差押を求める申請をし、その命令を得て、同年九月二四日その執行をした。右の経過からして、原告と太郎間には、夫婦としての実体は完全に失われていた。

(2) したがって、昭和五四年八月二日までには、原告の太郎に対する守操請求権は既に消滅していた。

2  (所有権確認請求に対して)

(一) 相続による所有権取得に対して((1)と(2)は選択的主張である。)

(1) 太郎は本件遺言をした。

(2) 太郎は、昭和五五年三月二六日、被告との間で、被告が昭和二六年以来太郎に対して奉仕したことに対する太郎の被告に対する報酬支払義務の履行に代えて、太郎が被告に本件建物及びその敷地の借地権を譲渡する旨の代物弁済契約(以下「本件代物弁済契約」という。)を締結した。

(二) 時効による所有権の取得その一及びその二に対して

原告は、本件建物を占有するについて、所有の意思がなかった。すなわち、原告は、本件建物の所有者である太郎のために、本件建物を賃貸する事務等をしていたが、その賃貸借契約書に賃貸人として太郎の氏名を記載しており、また、前記のとおり、昭和五二年九月ころ、太郎を債務者とし、太郎に対する離婚に伴う慰謝料請求権を被保全権利として、本件建物の仮差押を求める申請をし、その命令を得て、同年九月二四日その執行をしたが、これらは、真の所有者であれば通常とらない行為である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(1)の事実は否認する。

2  同1(二)(1)のうち、太郎が、昭和五二年七月、原告を相手方として、東京家庭裁判所に離婚等を求める調停の申立てをし、また、昭和五四年三月、原告を被告として、東京地方裁判所に離婚を求める訴訟を提起したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同2(一)(1)及び(2)の事実は認める。

4  同2(二)の事実は否認する。

五  再抗弁

1  抗弁2(一)(1)に対して

請求原因2(四)の事実を引用する。

2  抗弁2(一)(2)に対して

本件代物弁済契約は、本件遺言が無効となった場合に対処するためなされたものであって、本件遺言が無効であるのと同様、公序良俗(民法九〇条)に違反して無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実に対する認否は、請求原因2(四)の事実に対する認否と同一である。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  慰謝料請求について

1(一)  請求原因1(一)及び(二)の事実並びに被告は、太郎に妻がいることを知りながら、太郎と肉体関係を持ち、昭和三五年ころから、太郎と同棲するようになり、それ以後太郎が死亡するまで、太郎との同棲生活を継続していたことは当事者間に争いがない。なお、《証拠省略》によると、被告が太郎と肉体関係を持つようになった時期は昭和二六年ころであると認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  そうすると、原告は、太郎に対する守操請求権を、被告によって、昭和二六年ころから太郎が死亡した昭和五五年八月二七日まで継続して侵害されたのであるから、被告に対してそれにより原告の被った精神的損害の賠償を求める権利(慰謝料請求権)を有することになる。

(三)  そこで、次に、その他の請求原因につき検討するに先立ち、抗弁について検討する。

2  抗弁1(一)について

(一)  《証拠省略》によると、原告は、被告が太郎と肉体関係を持ち、同棲生活をしていることを、昭和三六年の暮れころには知ったことを認めることができるので(この認定に反する証拠はない。)、被告と太郎間の昭和五四年八月二日以前の不貞行為により原告が被告に対して取得した慰謝料請求権は、遅くとも昭和五七年八月二日の経過により、三年間の消滅時効期間が経過したため、消滅したことになる。

(二)  そして、抗弁1(一)(2)の事実は、当裁判所に顕著である。

(三)  そうすると、時効の中断事由の存在についての主張立証はないので、被告の抗弁1(一)は理由がある。

3  抗弁1(二)について

(一)  被告が、昭和三五年ころから、太郎と同棲するようになり、それ以後太郎が死亡するまで、太郎との同棲生活を継続したことは、前記のとおり当事者間に争いがないし、太郎が、昭和五二年七月、原告を相手方として、東京家庭裁判所に離婚等を求める調停の申立てをし、また、昭和五四年三月、原告を被告として、東京地方裁判所に離婚を求める訴訟を提起したことも当事者間に争いがない。

そして、いずれも《証拠省略》を総合すると、太郎は、被告と同棲するようになってからは、原告が居住している本件建物には仕事の関係で立ち寄るだけであったこと、太郎の提起した前記離婚訴訟において、原告の訴訟代理人は、昭和五四年四月一八日付の答弁書において、「一定の条件のもと被告(本件訴訟の原告)が原告(太郎)との離婚を望んでいる事実は認める。」旨主張していること、原告は、昭和五二年九月ころ、東京地方裁判所に、太郎を債務者とし、太郎に対する離婚に伴う財産分与請求権及び慰謝料請求権を被保全権利として、本件建物の仮差押を求める申請をし、その命令を得て、同年九月二四日その執行をしたことを認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右争いのない事実及び認定の事実を総合すると、太郎は、遅くとも昭和五二年七月ころから被告との離婚を望むようになり、原告も、遅くとも昭和五二年九月ころまでには、離婚に伴う財産分与及び慰謝料についての原告の希望が叶えられるならば、太郎との離婚を望んでいたことを推認することができ、この推認した事実によると、更に、原告と太郎は、遅くとも昭和五二年九月ころまでには、双方とも再び夫婦共同生活を営む意思を完全に失い、その間の婚姻関係は回復の見込みのない程度に破綻していたことを推認することができる。

(二)  そうすると、昭和五四年八月二日までに、原告の太郎に対する守操請求権は消滅していたというべきであり、被告の抗弁1(二)は理由がある。

4  以上のとおり、抗弁1(一)及び(二)がいずれも理由があるので、その余の請求原因につき検討するまでもなく、原告の慰謝料請求は理由がないことに帰する。

二  遺言無効確認請求について

1  前記一1(一)の説示を引用する(ただし、請求原因1(一)及び(二)の事実とあるのを請求原因2(一)の事実と読み替える。)。

2  請求原因2(二)及び(三)の事実は当事者間に争いがない。

3  前記一3(一)の説示を引用する。

4  《証拠省略》を総合すると、太郎(明治三二年三月二一日生)は、昭和三三年、戦前から所有していた不動産を売却するに際し、今後の太郎と原告との生活の基盤を確立するため、その一部を賃貸して収入を得ることのできる本件建物を購入したこと、太郎は、本件建物を増改築した上その一部を他に賃貸していたが、昭和五四年二月ころまでは、その収入のうち約二分の一を原告が生活費などに充てるために取得し、その約二分の一を太郎が取得していたこと、原告(明治三六年一月二六日生)は、昭和三三年から本件建物の賃貸のための管理の仕事をしながら、本件建物で生活しており、本件遺言がされたころ以降は高齢で病身のため職業を持って収入を得ることはできない状況にあり、また、格別の資産も有していないこと、原告と太郎間の婚姻関係は、太郎が被告との同棲を継続したため、次第に実体を欠くようになっていったが、原告はこれに耐えて、自分から離婚を求めたことはなかったこと、しかし、原告は、太郎から離婚を求める調停の申立て及び訴訟の提起がなされるに至ったため、相当の財産分与及び慰謝料の支払が得られるならば離婚に応じてもよいと考えるようになったこと、太郎は、原告の右の意向を知りながら、本件遺言をしたこと、太郎と原告との間には、昭和五四年ころ、本件建物の明渡しや賃料収入の分配をめぐって紛争が生じ、昭和五四年七月一三日、太郎と原告は、本件建物による賃料収入は、双方が折半して取得するとの内容の裁判上の和解をしたこと、太郎は、本件遺言をしたころには、病弱で収入がなく、被告から生活の面倒をみてもらうようになっており、被告のそれまでの協力や今後世話をしてもらうことに対する感謝の気持ちで本件遺言をしたこと、本件遺言をした当時の太郎の主な財産としては、本件建物とその敷地についての借地権とがあっただけであること、被告は、本件遺言がなされた当時、琴を教える資格を有して弟子を教え、生活できるだけの収入を得ており、その後大学の職員として働いていることを認めることができる。《証拠判断省略》

5  右1ないし4の当事者間に争いのない事実及び認定事実に基づき、本件遺言が公序良俗(民法九〇条)に違反して無効であるか否かにつき検討する。

太郎は、妻である原告がいながら、被告と長年不貞関係を継続し、そのため原告との婚姻関係が破綻したこと、本件遺言は太郎の全遺産を不貞の相手である被告に遺贈するという内容のものであること、太郎の遺産の主要なものである本件建物は、原告と太郎の婚姻生活を維持するために購入されたものであること、原告は、本件建物の賃料収入を生活費として生活しており、他には特に収入がないこと、太郎は、原告の右事情を知りながら本件遺言をしたこと、太郎は、原告に対して離婚を求めていたが、太郎と原告間の婚姻関係破綻の事情からして、離婚の際には、太郎から原告への財産分与及び太郎の原告に対する慰謝料の支払が当然予想されるところ、原告から財産分与及び慰謝料の支払を求められていることを知りながら本件遺言をしたことなどの諸事情を総合すると、太郎は、本件遺言をするまで、約一九年間被告と同棲してきたことや本件遺言は、太郎が死亡する約一年七か月前の時期に、被告のそれまでの協力や今後被告に世話になることに対する太郎の感謝の気持ちからなされたものであるといった事情を考慮しても、太郎のした本件遺言は、公序良俗(民法九〇条)に違反し無効であるといわざるをえない。

6  請求原因2(五)の事実は当事者間に争いがない。

7  よって、原告の本件遺言が無効であることの確認を求める請求は理由がある。

三  所有権確認請求について

1  請求原因3(一)について

請求原因3(一)(1)及び(2)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、同3(一)(3)の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

2(一)  抗弁2(一)(1)について

抗弁2(一)(1)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  再抗弁1について

再抗弁1に対する判断は、前記二1ないし5の説示を引用する。

3(一)  抗弁2(一)(2)について

抗弁2(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  再抗弁2について

(1) 前記二1ないし4の説示を引用する。

(2) 弁論の全趣旨によると、太郎は、死亡する約五か月前になって、本件遺言が公序良俗に違反して無効になるのを恐れ、その場合でも、遺言したのと同様の趣旨から被告に本件建物を取得させる目的で本件代物弁済契約を締結したこと、被告も、本件代物弁済契約締結時までに、原告が本件建物の賃料収入により生活していることや太郎が被告から離婚に伴う財産分与及び慰謝料の支払を求められていたことを知っていたことを認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 右(1)及び(2)の争いのない事実及び認定した事実を総合して、本件代物弁済契約が公序良俗(民法九〇条)に違反して無効であるか否かにつき判断する。

太郎は、妻である原告がいながら、被告と長年不貞関係を継続し、そのため原告との婚姻関係が破綻したこと、本件代物弁済契約は、太郎の主な財産である本件建物とその敷地の借地権を不貞の相手である被告に、その不貞関係の継続していた期間太郎が被告に奉仕されたことに対する報酬の支払に代えて譲渡するという内容のものであること、本件建物は、原告と太郎の婚姻生活を維持するために購入されたものであること、原告は、本件建物の賃料収入を生活費として生活しており、他には特に収入がないこと、太郎と被告は、原告の右事情を知りながら本件代物弁済契約を締結したこと、太郎は、原告に対して離婚を求めていたが、太郎と原告間の婚姻関係破綻の事情からして、離婚の際には、太郎から原告への財産分与及び太郎の原告に対する慰謝料の支払が当然予想されるところ、太郎と被告は、原告から財産分与及び慰謝料の支払を求められていることを知りながら本件代物弁済契約を締結したことなどの諸事情を総合すると、太郎は、本件代物弁済契約をするまで、約二〇年間被告と同棲してきたことや本件代物弁済契約は、太郎が死亡する約五か月前の時期に、被告のそれまでの協力や今後被告に世話になることに対する太郎の感謝の気持ちからなされたものであるといった事情を考慮しても、本件代物弁済契約は公序良俗(民法九〇条)に違反し無効であるといわざるをえない。

4  以上によると、再抗弁1に理由があるから、抗弁2(一)(1)は失当であり、また、再抗弁2に理由があるから、抗弁2(一)(2)は失当であるので、結局、原告は、相続により、本件建物の所有権を取得したことになるところ、請求原因3(五)の事実は当事者間に争いがないのであるから、原告が本件建物を所有することの確認を求める原告の請求は理由がある。

四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求のうち、本件遺言の無効確認を求める請求及び本件建物の所有権確認を求める請求は理由があるからこれを認容し、慰謝料請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口幸博)

<以下省略>

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